この頃は撮影もしつつ、古い写真の補修や複製、写真作品の現像処理(デジタル)などのご依頼もコンスタントに入っているので丁寧にコツコツと仕事をしています。
そして11月開催の写真教室の写真展に使うポスターや案内状のデザインもボチボチと考案中。
あまりごちゃごちゃとしたデザインにすると収拾がつけられないので、できるだけシンプルなデザインで進めています。
それでもデザインの才能は今ひとつのようで、どうにも不得意な印象。
やっぱりデザイナーのようにはいきませんね。。。
そんな感じで。
180度ほど話はかわりますが、ブログのタイトル的なことを書いてみます。
じつは、私はもともとバイク乗りなのですが、過去にいろいろとありまして、諸々の事情からもう6〜7年?ほど、そちらの世界からは身を引いています。
なぜなら。バイクに乗るというのは、もし命に関わるような怪我をすると、まわりの人たちにも多大な心配やご迷惑をかけることになるので(経験上)反省と自戒の念も込めてバイクに乗るのを自重しております。。。
そしてバイクには乗らなくなりましたが、生活する上でそれを不憫と感じることもなかったので、そのうち別の情熱的な趣味が見つかって「楽しい」と感じられたらいいな、くらいに考えていました。
実際に自転車やスケボー(体力・運動神経ともに平均以下なので・・残念)、飛行機(かなり魅かれますが免許等が高額すぎて・・)、TVゲーム(下手です・・)などなど。
友人のすすめもあり、それなりに興味としてそそられましたが結局どれもピンとこず、今も無趣味が趣味な生活を続けています。
これでは、ただのヘタレに思えてきました。。。(・_・;
そうこうしているうちに。
なんだかよくわからなくなってきたので、Yahoo!で「趣味」を辞書検索してみました。
しゅ‐み【趣味】
人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に、好んで習慣的に繰り返しおこなう事柄やその対象のこと。
・・・自由な時間に理由もなくやりたいことをくり返す。
でしょうか。
こう読み取ると、バイクが趣味といえるのかどうかややこしいところですが。
少なくともバイクというのは、私が十代に「バイクと旅」で得た経験は今までの人生の中で、最も大きな何かを秘めていると今でも思います。
そのくらい、バイクと旅ではじめて知り得たことが数多くありました(私の場合)。
当時の学校生活では学べないこと。
知らない人との出会い、自然の大きさ、社会の厳しさ。
当たり前のように生活ができることの有り難さ。
しがらみのもどかしさ。
しがらみのもどかしさ。
そして、自分がいかに小さくて弱い立場の存在であるか。
そういったものを感動とともに痛感し、心と体に学んだことを覚えています。
正直、人生でも大きな何かを得た気がします。
私にとってバイクと旅はバイブルと言えるのかもしれません。
確かに万一の事故に遭遇すると危険だし。
バイク以外でも人生で楽しめることはたくさんあるけれど。
やはりバイクじゃないとダメなこともありますので。
今はあたりまえの習慣のように、ただ走りたい気持ちです。
ですので、私はリターンライダーになろうかと。
思います。
こちらの世界でははじめまして。
返信削除ぼくは一見趣味が広いように見えて、実は、まったくといっていいほど無趣味な人間ですので、こういう興味がある、と言える方がとてもうらやましかったりします。
強いて言えば、話を聞くことですかね。というわけで、お互い空いている夜にもくれんか場グースでお話でもしませんか。
ヒロポンさんへ
返信削除こちらこそ、コメントありがとうございます。
私も長年の間、趣味がなくて「バイクと旅」という輝きが消えかけていました。このタイミングを逃すともう乗らないんじゃないかという焦燥感を感じてようやく心を決めた次第です。
確かにパーソナルな時間に何か(趣味)がないというのは、少し孤独で寂しいように感じますね。でも、話が趣味というのはじつはとても楽しくて幸せな趣味だと思いますよ。
バイク乗りは基本的に走り屋ですが、ツーリングでの休憩時間は初対面のライダーと一緒に「語り屋」になることもあります。へたをすると走るよりもそちらがメインになることもあります。。。
次の週あたりに、ぜひ語り屋しましょう(笑)
おかえり。みんな待ってるぜ。
返信削除nimunimuさんへ
返信削除コメントありがとうございます。
気がついたら刻の涙を感じるくらいに時間が経っていました。。。お待たせしています。
ちなみにバイクの色は赤と。
今日、決めました。